 | レッスン 6 | 好きで続ける |
何かを上達するには好きで続けることに尽きると言えます。いくらやっていても楽しくないのに功利的な心で続けても上達はしません。 やっていて楽しいということは、それが自分に向いているということですから、続けているうちに自分の能力もだんだん引き出されてきます。
でも自分に向いているものは初めから楽しいとは限りません。カラオケだって初めは嫌だったのに、いつの間にかはまってしまったという人もいます。苦手だから端からやらないと言うのは間違っています。  例え苦手と思っていても、ひょっとしたらそれが自分の人生を変えるほどのものであるかも知れないのです。
私などもパソコンなんてとても出来ないし、続かないだろうと思っていました。ところが今ではこんな楽しいものはない位はまっています。
話し方教室へはほとんどの人が苦手でいらっしゃるのですが、苦手だというのはほとんど思い込みに過ぎないのです。みんなほんとうは話すことが好きなんです。人は表現するために生まれていますから、みんな自分を語るのが楽しいのです。 人前での話しを続けていますと、楽しいときが必ず来ます。
自分の目的を達成する上で大切なのは、継続していくうちに楽しいと感じたらその機を逃さないことです。その機を軽く見て通り過ぎますと、伸びる芽を失いかねません。 話し方教室でも "ここだ"という時に来なくなる人がいるのは、とても残念です。いちど逃した機会は今度いつ来るかわかりません。チャンスというものはそういうものです。
上達する、あるいは目標を達成するコツは「今」をつかむことにあると言えます。 楽しいと思う芽がでたら、その機を逃さない。そして続ける。好きで続けた人が人生の悦びを生きることになります。
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 | レッスン 7 | バラにはバラの、百合には百合の美しさ |
自分の目標やなりたい自分を目指すとき、とても大切なことは、その目標なり目指すものが心からの催しなのかということです。 社会的な価値や職業の高下、高利的な動機などの不純な意図が混じってないかどうかよく見極める必要があります。
心が喜んでそれを行為していないと、やっていて楽しくありませんし、折角長い時間をかけて努力したのに途中で挫折してしまったら何にもなりません。  人それぞれに与えられた才能が違います。名工「左甚五郎」は自分の才能に従って大工の道を歩んだからこそ、
偉大な大工になったのであり、彼がもし功利的に官吏の道を選んでいたなら、あの名工「左甚五郎」の存在はなかったことになります。それは一人左甚五郎の損だけではなく、私たちの国の損でもあったわけです。 私たちには一人一人その人だけの才能が与えられていると聞きます。
その本来の才能を探し出し、それを自己実現の最終目標にすることが本来の生き方と言えます。 最も望ましいのは、幼き頃に親にもって生まれた才能を見出してもらい、幼き頃からその才能を伸ばすことですが、でも人はそれぞれです。まわり道をしながら、晩年に自分のやるべきことにたどり着くのも
それはそれでしか体験できない味わいもあり、比較はできません。 私たちは人の才能を見て、羨ましく感じ、自分の才能のなさに打ちひしがれたりしますけど、どんなに些細にしか現われていない才能でも、人と違う自分がいるということだけでも素晴しいと言えると思うのです。自分にはささやかだけど人と違うものがあると
言えるものを伸ばしていけば、それだけで自分の存在がうれしくなります。 バラにはバラの素晴しさがあり、スズカケにはスズカケの良さがあります。自分がアザミの花なら、アザミの良さを出す・・・自己実現のあるべき姿ではないでしょうか。
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 | レッスン 8 | コンプレックスこそいい材料 |
人は皆コンプレックスを持っています。コンプレックスの無い人などいないでしょう。もし居たらそれこそ親しみなどを感じません。 人はそれぞれ一長一短を持って生まれてきています。算数は好きだけど、英語は苦手だとか、体育は得意だけど、作文は苦手だとかいうぐあいです。
苦手ぐらいならいいのですが、欠陥と言えるくらいのものを抱えている人もいます。そうした人たちの中には、つらい気持を引きずって落ち込んでいる人もいます。 でも、「五体不満足」の乙武さんを見てください。あれ以上の欠陥はないでしょう。あの身体で普通の人以上に人の役に立っていらっしゃいます。
 コンプレックスを気に病むことは止めましょう。すべては自分の心の受け止め方次第だということを知りましょう。 逆に言えばコンプレックスは自分の人生を好転させるいい材料になります。私の場合もひどいあがり症のつらさを長い間引きずっていたのですが、今はその経験がまがりなりにも人の役に立っています。
もし私があがり症でなかったら、取り返しのつかない増上慢になっていたろうと思います。あがり症というコンプレックスさまさまです。 世の中のたくさんの人々がコンプレックスや逆境をバネにして、人生を謳歌しています。 そこそこに出来る人は出来るが故にそんなに努力をしません。必死な思いも出てきません。
ですからそんなには伸びないのです。 伸びる人は一生懸命な人です。逆境やコンプレックスを抱えていてこそ出るクソ力を持っている人です。 いろいろな自己啓発の書などを読みますと、成し遂げるのに最も大切なのは「背水の陣を敷く」ことだと書いてあります。逃げ道を断って、もう後が無いという状況に自分を追い込んだ時、
自分に大いなる力が出るそうです。恵まれた状況ではたいした力は出ないということです。 まさにコンプレックスこそ自分を伸ばす材料ですね。
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 | レッスン 9 | 『内在の力』を邪魔する心 |
私たちが生きていく上で大切なことの一つに、どれだけの能力を発揮するかということがあります。能力の出し方は人生にかかわってきます。学校の受験、資格取得の受験、これらは人生を左右します。
こうした大きな節目に関わらず、日常でも持てる力を精一杯出すことがとても大切です。 人によって大切な時に力の出せる人、ここ一番という時に力の出せない人とあります。この力、つまりその人の能力はどこから出るのでしょうか。 
私たちは普段、頭脳で思考しています。ここに学んだ知識や経験を溜めこんでいますが、能力はそれらを取り入れてもっと奥深いところにありそうです。しかもその能力の出方は一様に同じではありません。同じ人でも日によって、状況によってまちまちです。
能力の出方はその時のその人の心に大きく左右されています。その事柄に心が集中し、雑念がないときはスムースに能力が発揮されるのに、時として持てる力の半分も出ないときもあります。 能力は心の奥から出てきますから、心が滑らかでなければなりません。
心がなめらかとは、悦びや感謝で潤っている状態です。 最近、私の知っている40代の男性で、第1級電気施工管理士の国家試験をみごとに一回で合格した人がいますが、夫婦中が大変良く、家族を大事にするおだやかな人です。試験には事前に練習していたものが出て大変助かったそうです。
何を事前に勉強したがいいのかも、奥深くの能力は知っていたのかも知れません。 逆に 能力が出るのを妨げているのはどんな心でしょう。 それは摩擦の心に違いありません。人と擦れ合う心です。憎しみ、怒り、悲しみ、不平不満、取り越し苦労に持越し苦労、嫉妬などのマイナスの心です。
私たちの心はまことに至味至妙、不思議な働きをしています。能力は人としての総合力と言えそうです。
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 | レッスン 10 | 最も幸福になる道 |
私の体験から仕事がなくて暇ばかりの時はちっとも暇が楽しくありませんでした。仕事で充実したあとにくる休日、これこそがほんとにのびやかに安らげる時間でした。 また夜ふとんの中で足を伸ばす快さや、誰はばからずに伸び伸びとして時間を過ごす喜びや、健康でおいしい食事を食べられる楽しさは働いたあとにこそ来たものでした。
誰でもきっとレジャーの楽しみは仕事の合間にあると感じているんじゃないでしょうか。また病気の時でも何もすることがなかったら、ただ苦しみと退屈を味わうばかりでしょうね。することさえあれば、また出来れば、なお心を楽しませることが出来るでしょうに。  そう考えますと、最も幸福な時は仕事や勉強やなにかやりたいことがある時と言えませんか。
仕事と言ってもさまざまありますけど、正しい仕事でなくてはダメですよね。 心にやりがいを持っている人ほど、仕事も楽しく、休日も楽しいでしょう。いちばん幸せな人と言えそうですね。 私たちの教室でNさんがこんな話をされました。 ある会の会長さんがポツリとおっしゃたそうです。「朝起きるといつもむなしいんだよなあ」と。
それを聞いたNさんは、「エッ!」と思ったそうです。その人は○○市の川柳の会長さんだし、書道もやってらっしゃるし、いろいろ活動してる人なのに「なぜ?」と。
Nさんもいろいろ考えたそうです。そしてNさんの結論は、どんなに色々なことをしていても自分のためだけのことをやっていたんでは行き着くところむなしいのじゃないかと。 自分が人の役に立っている、誰かに喜ばれているという自覚があってはじめて生きがいを感じるのじゃないだろうか。と。
確かに初めは自分のために何かを始める。それで十分楽しく幸せでしょう。 でも、 ほんとうの幸せは自分も人に喜ばれている、世の中の役に立っているという歓びを感じながら、自分自身も進歩していることではないでしょうか。 ある人の言葉です「世の中のためになる仕事に喜んで働くとき、額の汗は精神の強壮剤である」
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