 | レッスン6 | 空回りの人生 |
人は皆、「自分を成長させよう」というプログラムを持って生まれてきているように思います。 話し方教室をやっていますと、いくつになっても進歩を求めてる方が多々いらっしゃるのに感心させられます。
皆それぞれの夢や目標を持ち、一生懸命に生きています。 世の中には、見事に夢や目標を達成し、すばらしい生き方をしている人をしばしば見かけます。でも多くの人は、思うようにいかない人生を嘆き、挫折ばかりに半ばあきらめの人もたくさんいます。
その違いはどこから来るのでしょう。自分の人生をジーっと見つめていますと、わかってくるものがあります。 挫折や失敗を嘆くことはありません。人は伸びるために全てのことが起こっているように見えます。
私の人生は空回りの多い人生でした。 自分の思うようにいかない 空回りの人生が展開していく大きな要因は、エゴと弱さにあるように思います。否、エゴと弱さが原因です。 
あの親戚との付き合いは苦手だから、今回は行かないでおこう。人生の節目でこんな選択をする時があります。忙しいからとか、いろんな理由をつけて大切なことから逃げる場合があります。こうした選択の元にあるのは、自分の弱さからくるエゴです。
人生にとって極めて大切なのは、人との交流です。世間的な意味で大切なのではなくて、人生の展開にとって非常に大切なのです。まさに「いのちの交流」です。 大切なことより、自分のことを優先する。ここに滑らかな人生の展開を阻害する要因があります。
「与えよさらば与えられん」ということばがありますね。私はそれを物質的なものだと思っていましたが、いえいえ全てです。与えることが先なんです。出来る限り自分のことより、相手を生かすことが先です。
人の前で話をしていても、自分の知識をひけらかそうなどと自分中心に話していた頃は、うまくいきませんでした。相手を中心におくとうまくいくんです。 ここです。逆説的ですが、自分の夢や目標を達成するための、大切な潤滑油の働きをするのが、この「与えよ」という教えのように思います。
自分の弱さとエゴ、これが空回りの人生を創りだす・・そう思います。
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 | レッスン 7 | 素直が一番の輝き |
私たちの性格にはいろいろありますが、その中でいつまでも大切に持ち続けていたいのが素直な心です。 素直な心とはどんな心をいうのでしょうか。素直と逆を現す言葉はひねくれると言う言葉ですね。
物事を素直に受け止める心を素直な心といいます。  私の若い頃なのですが、人の話や行いを素直に受け止めることが出来ずに、「あの人はあー言っているけど、ほんとはこうなんだよ」とか、「あの人はいいことをやっているつもりだけど、本心はこうこうなんだよ」とかいつも人の心のウラ
を読んでばかりいました。自分が満たされない境遇だから、人の悪しき点にばかり目がいっていたのです。こうした心のあり方は暗い心です。ひねくれた心です。ですからその頃の私の顔の表情は陰気くさく、人から嫌われていました。まさに心が表情に現われます。
心のあり方は顔の表情に出るだけではありません。その人の生活や人生にも、心のあり方が映し出されます。暗い心は暗い出来事や寂しく孤独な人生を創ります。 素直な心とは、人の心や行いを素直に受けるだけではなく、自分の心にも素直になるということでもあります。このことは極めて大切なことです。
自分の心に素直とは、初めに起こった感情をそのまま受け止め、表現することをいいます。 この初めに起こった感情を第一の感情といいます。人は得てしてこの第一の感情を抑えているものです。特に口うるさい父や母の中で育てられると、素直に自分の気持が出せなくて、幼い頃から自分の感情を抑えることを身につけたりします。
また、人は成長するにつれて、自分が傷つかないためや、人づき合いに波風を立てたくないという思いから、この第一の感情を抑え、周りの人の気持に合わせた感情を出すようになる人もいます。 実はこれは大変な問題を含んでいます。確かにこういう人はあまり人からは嫌われません。でも存在感もあまりありません。そして本人には結構ストレスが貯まりますし、人づき合いに疲れます。
こうした人づき合いをするということは、ウソの自分の気持、感情でつき合うことになります。人づき合いが楽しいはずがありません。 恐ろしいのは、こうした自分の本当の気持、感情をいつも抑えて、そのあとに作った気持や感情を出すクセがつくと、本当の自分の感情がわからなくなります。さらには食べ物の味や、自然の美しさもあまり自分の中に入ってきません。モヤモヤとしたものに覆われたような感情生活になります。
素直であるということは、自分が生き生きとして充実した人生を歩むためにも、とても大切な表現であることがわかります。 素直こそ自分を輝かせる心の宝石なのです。
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 | レッスン 8 | 困難と不幸は違います |
困難と不幸は違います。 私たちは困難と不幸を同じように受け止めていますけど、別けて考えるべきだと考えます。 どこにボーダーラインを引くかは難しいのですが、
ひとつひとつの起こってきた出来事を、よく吟味し見つめてみることがとても大切なことではないでしょうか。 「自分の事業(あるいは所属する会社)が倒産した」。これは不幸ではありません。困難です。
この困難を乗り越えて、いっそう成功したり、いっそう内的に成長したりすることが十分できます。  「我が子が病などで死亡した」。これは不幸ですね。でも「我が子が障害者として生まれた」。これは不幸ではなく、困難です。
この与えられた状況を懸命に生き抜くことで、通常に生きた人よりは強い家族の絆の悦びを得たり、内面的な発達を遂げたりしている人たちもいらっしゃいます。 こう考えますと幸・不幸はその人がどう受け止め、どう対処してきたかで決まることも多々あるように思えます。
不幸という言葉には自分の力では如何ともしがたい感じがして、気持が沈みこんでしまいますね。 不幸という言葉を困難という言葉に置き換えて、それぞれの出来事に対処するほうが賢明のような気がします。
今、高い山へ登る人たちが増えていると聞きますが、高い山に登るのは一種の困難ですね。だからこそ登られる。低い平地の丘に登ってもさほどに喜びは出ません。障害物競走だって何も無いところを走るより困難です。でも障害物がある方が楽しい。
人生にも何故困難という障害物があるか、なんとなくわかりますね。何の変哲もない平坦な人生と、さまざまな障害物に対処しながら生きる人生。 困難は私たちが無意識的に創りだしている人生のカラクリのような気がします。
私たちに内在する大いなる力を引き出させるのは、この困難という局面です。私たちを経験とともに成長させてくれるのも困難に対処することなくして考えられません。
竹はひと冬ごとに節を付けていると聞きます。厳しい冬という困難がなければ節のない弱い竹となり、あまり人の役には立たないでしょう。 困難は私たちを鍛え、人生を力強く表現させてくれる。
ここから避けようとする弱さが、実は人生の最大の敵でした。私が今になって知り得た自戒です。
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 | レッスン 9 | 小さな時間の大切さ |
ホームページを見ていますと、まさに百花繚乱。才能の花が競い咲き誇っている感です。 それだけ何かを表現できる、経験なり、知恵、知識を身につけた
人がたくさんいらっしゃるということですね。 こうした経験、知恵、知識はどうしたら身につくかについて考察してみます。 もちろん仕事を通して経験や知識、知恵を身に付けるのが一番手っ取り早いですね。
でもそれだけでは人と大差はありません。人に優れた経験と知識、知恵を持つ必要があります。 人に優れた何かを身に付ける、その鍵は時間の使い方にあるように思います。 
でも私は忙しくて時間がない。仕事だけで精一杯だ。とても何かをする時間のゆとりはない。確かにそういう人は多いと思います。 ただ私の経験から時間に余裕があれば何か有意義なことが出来、はかどったかと言えば、
残念ながら時間がある割りにはたいそうなことは出来なかったのが実情です。 時間があるということで心に油断が出来、真剣さが出て来ないからでしょうね。締め切りが迫らないと原稿が書けないということはよく聞きます。それが私たち
凡人の性なんでしょう。 結局、有効に使う時間は、心のやる気、充実感の中にあると言えます。 むしろ時間を使うコツは小さな時間を生かすことにありそうです。
時間をどれだけ使ったかではなく、どれだけの時間集中できたかに価値があります。 何げなく1時間使うより充実した10分の方により価値があることを知る必要があります。この10分間にとてもいい本を読んだとか、この10分間とてもうれしかった、
そうした充実した10分を持てばいいわけです。 つまり1日のうちの10分とか15分いう小さな時間を細切れに生かすことが大切だということに気がつきます。 例え10分でも集中できれば、価値が生まれ、よき経験、知恵、知識として自分の身につきます。
結局はそれの積み重ねが、人に優れた自分の才能になると言えるのではないでしょうか。 「塵も積もれば山となる」このことばは時間にも才能にもあてはまります。自戒をこめて。
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 | レッスン 10 | 能力もあるのに出世しない人 |
私たちの成功を妨げる事の一つに妙なプライドがあります。 自分の部下や目下の者にはやさしく丁寧に接するのに、自分よりも上役の人に親切にする事を潔しとしないのです。上役に親切にすることをおべっかを使うことのように思えるからです。
頭がよくて能力のある人に多い傾向のように思えます。弱きに力を貸し、強きをくじくことが価値あることだと思いこんでいるのかも知れません。  また子どもの頃より優れた能力を持っている人は、自分より上をあまり認めたがらないのです。いきおい自分より上の立場の人の欠点や劣る部分を無意識的に捜しだします。そうした無意識的な反抗の態度が上司との人間関係でとても不利に働きます。
能力もあるのに出世のできない人のパターンです。 自分より上役の人にもよけいな差別意識をもたずに、みんなを味方にしてゆくということが出来れば私たちはスムースに出世します。 偉い人は偉い人として素直に評価し、尊敬するような濁りのない気持になれれば、自分もまた一歩大きくなれますね。ここのところです。大きく出世する人と能力ほどには成功しない人の違いです。私は後者でしたから、今になってよくわかります。
上司と調和ができないでいると、その会社にいることが面白くなくなってきます。ますます不平の心が強くなり、その会社を辞めることになりかねません。 上司とも調和をする度量を身につけないと、次へ行っても同じで不平不満の仕事ぶりになります。 卑劣な気持でゴマをすれというのではありません。自分の卑小さに気づき、もっとおおらかになりたいものです。 上司との雑談が楽しめるようになれば、上司と心が交流します。これが出来るようになれば、その人の存在が喜ばれるようになります。
仕事の能力だけが出世の材料ではありません。私たちはうかつにも出世しないように、成功しないように努めているのかも知れません。
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