人生 生き方 学びの場


自 分 磨 き 1

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レッスン1 自分の茶碗は自分で洗う
自己実現のための自分を磨くということについてよく考えてみましょう。
自分を磨くとはどういうことでしょう。
美しくなること?魅力的になること?ハイセンスな人になること?知性的な人?・・・などなど。 確かにそうですね。そういう引き立つ人は素敵ですね。ほとんどの人はそういう方向で自分磨きをしたいと思っていらっしゃるでしょう。ワクワクするほど楽しい気持で意識をそちらに向けておきましょう。

自分を磨いている人ってどんな人たちでしょう。例えば大リーガーの松井秀喜やイチロウ、この人たちは大観衆の前でも平静な自分を保ち、精神を集中させるというすごいレベルで自分を磨いていますね。女子ゴルファーの藍ちゃんたちもそうですね。あらゆる人々があらゆる立場で自分を磨いているといえるでしょう。それが人生の目的のようにも思えます。
でも、人によって結果がまちまちですね。私も自分を振り返って恥ずかしい限りです。
私が生きてきた体験から、なんとなく見えてくるものがあります。

自分を磨くことにしろ、自己実現をすることにしろ最も大切なのは、まず、しっかりとした目標を持つことにあると思います。この目標があいまいな人があいまいな結果しか出さない、と言えるのじゃないでしょうか。

宝石は原石を磨いて創りあげますね。汚れたものはきれいに磨いて仕上げますね。
自分を磨くとは、もともと自分にある素晴らしい何か(これを個性だと思いますけど)を輝き出させることではないでしょうか。
ではその方法について考えてみましょう。

自分の内奥にある素晴らしいものを磨き出すのですから、まず、正しく生きるということが 第一ですね。正しく生きるというのが素晴らしいことなのですから。簡単そうでむずかしいと思いますけど。正しく生きるというのは、華々しい目立ったことをするのではなく、むしろかえって、目立たない、当たり前のことをすることの中にあると思います。
自分で食べた茶碗くらい自分で洗う。この当たり前のことをする、ここから自分磨きをはじめましょう。

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レッスン 2人生の海を漂流している人
人は様々な境遇や立場に生まれ、与えられた環境で一生懸命生きています。失敗したり成功したり、喜んだり悲しんだりしながらより一層快適な人生を求めています。そうして生きていくそのことが自分を磨いていると言えるのではないでしょうか。
快適な人生を生きたいために自分の望む自分像を創り出していく。
自分を磨くということは自分の望む目標、目的が必要だということになります。同じように生きていながら、同じように快適な人生を求めていながらその生き様や結果には大きな違いがあります。 なぜ人によって大きな違いが出るのか、ここのところが生き方を考える上でとても大切な気がします。

私の人生を振り返ってみますと自分の望む目標、目的を達成したかというと、残念ながら今のところまだまだです。生活に追われ仕事に追われただただ一生懸命に生きてきただけです。
時には目標や目的を持ちそれを目指したにしても中途半端でした。こうした失敗のなかで今見えてくるものがあります。何が足りなかったのか。
それは明確な目標とそれにそそぐ思いです。
人生で目標を持たずにただただその場その場を生きているのは、舵のない船に乗って流されているようなものじゃないでしょうか。人生の海原を漂流している・・こう表現した人もいます。
私たちが人生の海原を漂流しないための大切なキーワードがここにあります。正しい目標を心に描き、その達成への思いを持ち続けるということです。

時には立派な目標を口にする人と出会うことがあります。でもそれが単なる夢ものがたりや妄想であってはダメですよね。
自分の心の底から望むもの、また心がワクワクするもの・・こうした目標が見つかれば最善ですが、こうした目標はその人にとっての最適な時に与えられるような気もします。 そうした目標が見つからなくても、自分を磨くための小さな目標や目的を見つけて達成のための努力をする。もちろん失敗も繰り返すでしょう。でもその積み重ねが自分をコントロールする力をつけることになり、いつの日か自分の本当のやるべき目標が見えてくると思います。

自分を磨くということは自分の内に持っている能力を引き出すことだと思います。今はあるか無いかのような小さな能力でも、目的達成の作業を繰り返していくうちにいつのまにか十分に磨きあげられていくでしょう。
ただ漠然と生きるのはやめましょう。小さな目標へのチャレンジから始めませんか。

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レッスン 3自分に任された仕事や用事は
不思議なことに、私が今まで生きてきた日々の出来事や仕事をふり返ってみますと、私には到底出来ない仕事や用事が与えられたことは無いように思います。
自分でもよくあんな仕事をこなして来たなと感心するほどの、自分にとっては大きな仕事をしても来ましたが、決して分不相応な仕事を任されることはありませんでした。その点ひとつを見ても本来は、人生はなんだかすごくコントロールされ調和に満ちたしくみになっているような気がします。

でも、そう思えるようになったのは最近で、現役で働いている頃はそんな感じなど毛頭なく、ただ必死で働いているだけでした。
仕事や用事は自分で選んでするのもありますが、自分の意志や好みに関係なく与えられるのもたくさんあります。自分を磨く、自分が進歩するという観点から見るとこうした 他から自分に任された仕事や用事にどう対処するかがきわめて大切ではないかと思います。

自分にとって困難に直面するのは、この与えられたときです。
仕事や用事を単なる生活のためにしかたなくやると捉えるのか、自分を高めるためのいい機会と受け止めるのか、それによって対処の仕方が違ってくると思いませんか。
私自身もここのところを曖昧にしか考えていなかったので、イヤな仕事や困難な仕事には不平不満やグチだらけでした。今から思うともったいない生き方でした。

人生で成功する人、自分を高めた人、あるいはそうでない人・・・この違いは、その人のものの観方、考え方次第と言っても過言ではないかも知れません。
その時自分に任された仕事や用事は、その時の自分に一番適しているから任されたのだと受け止めることが出来れば、その積み重ねの結果、その人は磨かれ、素晴らしい人になるでしょう。

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レッスン 4素適な人になるには
今、世の中を見渡しますとエステとかダイエットとかがいっぱい氾濫してますね。それだけ素適になりたい人が多いんでしょう。
でも私には何か危うさを感じます。 人の本当の素適さ、美しさを見失って、見た目だけに偏ってしまっているような気がします。
中味のともなわない薄っぺらなキレイさに素適な感じはありません。

人はひとつの法則で寄ってきます。『類は類をよぶ』という法則です
自分に中味がないと、中味のない人が寄ってきます。素適な人になるとは、素適な人たちと交わるということではないでしょうか。
でもそれは一律同じではありません。孤独な人が素適ではないとは言い切れません。孤高で素適であることもあります。
話し方教室で多くの人に出会っていますと、素適な人だなと感じさせる人は自分という個性をしっかり持っています。自分らしさを持っている人たちです。
そして良かれ悪しかれ自分の持っているそのままを素直に出せる人です。

人は他の人に素適ねとか素晴らしいねとか評価されて輝きますが、不思議なことに人にどう思われるか評価ばかり気にし(実は私もその1人だったのですが)、自分の欠点や弱点を見せないように、いつも構えていると、逆に自分の良さが失われていきます。心のありかたが歪んでいるからです。
人はその人の顔つき、言葉づかい、眼の色に素直な生き生きしたものを感じとったとき、その人に心地良さを感じます

素適な人になるとは、この《素直で、生き生きとした個性》を出すことではないでしょうか。
花とか木など、生きているものは常に新しいですね。毎日成長して、昨日にない新しさが殖えています。 新芽が出たり、葉が大きくなったり、蕾ができるとか。
私たちが生き生きするということは、常に新しい何かを学んで、身に付けていくということではないかと思います。

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レッスン 5まず自分を生き生きさせる
生き生きした心で、生き生きした動作で、生き生きした表情で生活すればどんなに素晴らしい人生でしょう。
幸福になるということは毎日生き生きして生活できることと言ってもいいですね。
植木や花は生きている限り毎日毎日生長して、昨日にない新しさが何か殖えています。新芽がでるとか、葉が大きくなるとか、蕾ができるとか。 生きているからこのように常に新しいんですね。

私たちも生き生き生活するということは、毎日、日に日に新しくなるということではないでしょうか。
新しくなるとは昨日と同じではなく、今日は昨日の上に何か進歩が加わる、自分に新しい価値が増えるということですね。
つまり、そう心がけて毎日を生きることが、生き生きした人生を創りだす根本だと思います。
毎日変わっていく。眼には見えなくても「常に絶えず少しづつ」の力で、少しづつ進歩するということは素晴らしく尊いことのように思われます。

また「生きる」とは、自分の悦びを追求するということだ、と言われている方もいます。
悦びの人生があって初めて幸せを体感できるのですから、ごく当然ですね。
悦びの生活は自分を生き生きさせますから、思いっきり自分の悦びのために生きて大丈夫とおっしゃています。
自分が生き生きしないで、人を生き生きさせることは無理です。自分がくすんで不幸でいながら人の幸せを願うなんてことは、私のような凡人にはなかなか出来ません。
人の幸せを応援するには、まず自分が幸せでなくちゃ。まず、自分を活かし自分が生き生きとして生活する。そこから人を活かす道が開けてくると思います。

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