人生 こころ 学びの場

人 生 に つ い て 4

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16  幸せを阻害する第一のもの
人生においては様々なことが起こりますが、中には起こって欲しくない事まで起こります。
人前で話しをしたりする時に起きる「あがり症」もそうですね。中には万引きをしたことが主人に知れたら大変だと思っていながら、ついつい万引きをする主婦もいると聞きます。 夫婦喧嘩でもそうです。「こんな喧嘩はもうすまい」と思っていながら、再び喧嘩をして嫌な思いをしたことのある人は私だけではないでしょう。
何故、こうした望まない出来事が起こってくるのでしょうか。

人生に心ならずも起こってくるこうした出来事は "観念の強制力" によると言われています。 これはその人が心のなかに思い描いた想像が、想像する方向へ引っ張るのです。「私はあがるに違いない」とあがっている自分を想像するから、その自分の思い描いたとおりにあがるというわけです。これを "観念の強制力" といいます。

私たちの人生上に、自分の好ましくないもの、幸福を阻害するものを持ちきたすのは、 実にこの "観念の強制力" なのです。この "観念の強制力" の中で、一番私たちの幸せを邪魔するのは恐怖心と言われています。
恐怖を心に想像すればするほど恐怖することを引っ張ります。高い所にいて落っこちると想像すればするほどその人は落ちるでしょう。何がその人を落ちる方へ導くのでしょう。それはその人の落ちるという想像です。

私たちの想像力が、悪の存在、不幸の存在、災難の存在、罰の存在、病気の存在・・こうした暗い方面の思いにとらわれると、自分の人生にとってどれだけマイナスでしょう。私たちの生命は萎縮して、伸び 々 とした人生の幸福を阻害します

特に幼い頃に印象された思い、想像はその人の一生に影響すると言われています。 私たちののこうした恐怖心は、その元をたどるとき、幼き頃に大人から教えられたお化けや、悪魔や、悪しき人の存在の恐ろしい印象に端を発しているということが精神分析で述べられています。
人生に起こるべき明るいことより、暗い方面の存在をより多く想像する時、私たちの人生に害をなすことになります。

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17  子どもをダメにするおおもと
私たちは言葉の力をもっともっと理解する必要があります。
特に大人は人生経験から来る言葉を使い慣れていますから、言葉そのものの意味より、言葉に付帯する雰囲気を話すことが結構あります。
例えば子どもに「おまえはバカだな」と言う場合でも、言うほうは日常の慣れ言葉として軽く言っている場合がほとんどです。でも考えて見てください。まだ人生経験の少ない子どもが「おまえはバカだ」と言われて、 その意味する内容の微妙な背景を理解することができるでしょうか。

大人はよく謙遜をして、人前でわが子を「この子はわがままな子でとてもダメな子なんです」とか「この子はバカな子でして」また「いえ、うちの子はブスなんですよ」などと言います。
言っている大人は「これは人様に謙遜して言っているだけで、ほんとは違うのよ」と思っているのでしょうが、聞いている子どもにはそんな大人の事情など知るはずもありません。
だいいち子どもは自分のことは自分ではわかりません。まわりの大人が自分に対して述べる言葉で自分を判断します。能力も評価もまだ白紙なのです。大人の言葉、特に親や先生の自分に向けられる言葉には真剣そのものです

その時ほめられた子どもは、うれしくてうれしくて自信満々になるでしょう。が・・、先に述べたような言葉を言われた子どもの心を思いやってください。
子どもの心は塞がります。 子どもの頭の中では、ダメな自分を想像し、自分の欠点をつかみ、自信がメチャメチャになります。その言葉の力でその子どもの表情には無力な気落ちした雰囲気がつきまとい、伸び伸びとした子ども本来の力が失われていきます。
これが言葉の力です。子どもの人生に計り知れない影響を与えます。
幼児からの自信はその子の人生を決します。

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18  人は自分を語ることで自分を知る
人間は社会に住んでいるように見えますが、実のところは自分の心の中に住んでいます。トラウマを抱えて苦しい人生を過ごしている方は、トラウマが創りだしている心の世界に住んでいるから苦しいのです。
以前、新聞の人生相談に「認知症の父を看病している時、父の預金から何がしかのお金を使ったことが、父亡き後とてもつらい。」という内容の相談が載っていたのですが、これなども人によっては忘れてしまっているほどの出来事なのに、 この人は自分の罪の意識が創り出した心に縛られ、社会的には罪にも当てはまらないのに、心の世界で苦しんでいるのです。

これが人生の一面です。心は自分の都合でさまざまな人生模様を創りだします。それは一種の幻想世界です。
話し方教室のみなさんと接していますと、このことが実によくわかります。話し方に問題はなく、話もうまいのに当の本人は話し方が苦手でとてもつらいと思っている方がかなり多いのです。あがり症で苦しむ人もみなこの自分で創りだした幻想に縛られていると言えます。
客観的に見た自分ではなく、自分の思い込みの世界にいて判断しているのです。

全ての人がこうした自分勝手に想い描いた幻想世界に住んでいる、あるいは人生模様を生きていると言っても過言ではないでしょう。
自分を客観的に知るためには人間関係がとても大切です。人は自分を他の誰かに語ることで、自分を知るのです。人に話して反射して帰ってくる反応で、直感的にその人の見た自分を知ることになります。より自分を知るためにはより多くの人に自分を語る必要があります。
話す相手が親密な人ほどいいですね。本音が帰ってきますから。こうした意味でも親友が必要ですし、しっかり会話の出来る夫婦関係が大切です。

人生は表現の世界です。心が何かに縛られていると狭い世界を生きることになります。自分を社会に映して心を広げるとそれだけ広い世界に住むことになります。自分に内在する高い能力の自分を認めれば、それだけ優れた人生を生きることになります

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19  人生と話し方 3
自分があがり症ですと、人生において大変な損失をしています。
人間はどんなに才能があり、優れた活動をしていても人前での話し方が苦手ですと、根本的な自信がもてません。だいいち人前に出れないという足かせで活動さえも支障をきたすのです。
話し方が苦手な人は、いつも人前に出たり、話したりする場から逃げることになります。これが人として惨めなのです。
たいていの人は年をとったら何とかなるだろうと思っていますが、年をとっても変わりません。長い間、人前での話し方を避けていたのですから、いっそう億劫になり、自分の『あがり症』 を墓場まで持っていくことになります。

人前で臆せず話せる人が立派であるというわけではありませんが、でも人としてひとつのあるべき姿です。人前で落ち着いて話が出来るようになると、人は変わります。自信がつくのは勿論のこと、自分が強くなります。そして人生に積極的になるのです。
人前での話し方も、日常での人間関係のありかたも根底ではつながっています。不思議なことに人前で話せるようになりますと、日常での人間関係にも変化が起こります。自信のなせるワザです。
この自信は人生まで変えます。私どもの話し方教室の掲示板への投稿です。

こんにちは。私は以前、○○教室に通っていたMです。このサイトを見つけて、とてもうれしくなりました。実は何の連絡もせずに行かなくなって、もう3年位かな。(申し訳なく思ってます...)でも、川上先生にはとても感謝しているんです。本当にこの教室に通って私の人生は変わった気がします。(一部省略)
学校の役員や仕事もしていて、忙しい日々を送っています。以前の私には考えられないことです。いろいろなことに前向きに挑戦してみようと思うようになったのは話し方教室に通ったおかげだと思っています。ありがとうございます。今は忙しくて教室に通えませんが、またいつか参加したいと思っています。


人前での話し方を身につけることは、人生にとっての一大事なのです。

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20  生命の内なる推進力
私たちの人生は自分の内部からのパワーの働きにより導かれています。
ある女性なのですが、初めてのPTA の役員を小学校6年生の学年代表として務めることになったのです。引き受けた時には6年生の学年代表は卒業式で保護者代表としての挨拶をしなければならないことを知らなかったのです。とてもあがり症のその人は、もしそのことを知っていたらとても役員など 引き受けなかったと嘆いていました。その人にとってとても大きな困難が与えられたのです。

でもその人に出来ない困難は来ません。人生はすべてその人の心(隠された内部の心も含めて)の影として起こってきます。良きにつけ悪しきにつけ、起こる出来事はその人の業の流転としての現われでもありますが、困難のなかにはその人の内部知性(心深くの良心とも言うべきもの) からの導きのものもあります。「伸びよ」という内部パワーからのささやきでもあるのです

起こってきたところの困難から逃げないで、真正面から取り組んでいけばそれなりの結果がもたらされます。その時、人は成長します。具体的な人生上の成長でもあり、人格としての成長でもあります。
その女性は背水の陣を敷き大役を果たしました。終わったその人の充実感は 何ものにも代え難いものだったでしょう。

人は進歩し向上するために生きています。困難はそのためのチャンスなのではないでしょうか。私たちは困難から逃げることも出来ますし、きちんと向き合うことも出来ます。
困難に向き合えば、私たちのいのちには推進力がありますから、成長と変容がもたらされます。自己の情熱やパワーを実現したいという思いを起せば、いのちの推進力が 私たちの人生に悦びをもたらしてくれるでしょう。

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